白龍酒造「アズールレーン×白龍 純米大吟醸」
- 天下の米どころ新潟県は、酒の故郷としても知られる。長年、研究が重ねられた高品質な酒米と、豊富な雪解け水で磨かれた越後の酒には愛好家も多い。そんな越後下越の地で長い伝統を刻んできたのが「白龍酒造」である。
―――白龍酒造の創業は江戸時代まで遡ると伺っています。
白井社長「創業は1839年、天保10年ですから、黒船来航の14~5年前ですね。本家筋は新潟で北前船を差配する廻船問屋だったのですが、そこから分家としてこの場所に移り、酒蔵を興しました。私は創業から六代目になります」
―――白龍という名前にはどのような意味があるのでしょう?
白井社長「廻船問屋の分家としてスタートしたので、船の稼業に携わる一族の末裔として「龍」の字をいただき、また航海の守り神でもある白い龍に由来した銘柄の名が誕生したと聞いています」
越後を豊かにした日本海は恵みの海であり、また冬の厳しさでも知られる恐ろしい海でもあった。そんな海への祈りと畏怖が同居した銘柄名であろう。
―――白龍酒造の酒造りのこだわりや特徴を教えてください。
白井製造部長「白龍の酒は越後杜氏(とうじ)の伝統を受け継いでいます」
日本酒の歴史は「杜氏」を抜きにしては語れない。酒蔵の職人は「蔵人」と呼ばれるが、この蔵人を束ね、酒造りの指揮を執る総責任者を「杜氏」と言う。酒の味や質は杜氏の腕に左右されるほどの重責であるが、新潟の越後杜氏は、兵庫の丹波杜氏、岩手の南部杜氏と並ぶ、日本三大杜氏と称されるほど技量の高さで際立っていた。
白井製造部長「越後の酒は淡麗辛口と言われますが、これは新潟地場で育った酒米と、信濃川や阿賀野川の豊富な水、そして越後杜氏の技によって作られた越後の財産です。当社の阿賀野市は、特に米どころ新潟での良質な米にこだわる地域であり、代々の契約農家の酒米を使用して、伝統の味を守っています」
―――酒米造りから関わっているのですか?
白井社長「当社の酒造りは酒造好適米の〈五百万石〉を中心に使っています。地区農家とJA北浦みなみとともに設立した『酒米協議会』のメンバーが栽培に携わり、毎年、品質向上のため三者で研究を続けています」
白井製造部長「日本酒のトレンドに合わせて、大吟醸などなどの上級酒に多用されている〈越淡麗〉も手がけるようになっています」
―――見学させていただきましたが、階段が多い醸造所で驚きました。
白井社長「当社では老朽化設備の立て替え時に、建屋を上に延ばす工夫をしました」
―――上に延ばす、ですか?
白井社長「酒造りはいくつかの決まった行程がありますが、簡単に言うと精米を終えた米を建屋の最上階に運び、作業を順々に下の階に移して、地上階に来た時には日本酒になって貯蔵タンクに移される、そんなイメージです」
―――工場みたいな造りで意外でした。
白井製造部長「杜氏が大勢の蔵人を束ねなければならなかったのは、時間勝負の力仕事が多く、しかも雑菌を混入させない慎重な仕事ばかりだったからです。しかし今では、そうした大がかりな人数が必要な部分は機械に任せ、人間の手が必要な部分に力を入れるような製造法に変化しています」
機械が得意な事は機械に任せることで、杜氏の関わりが一層酒の個性に影響するようになったという。伝統の良いところと、新技術によって変えていくべきところを上手く融合させている。これは白龍酒造の伝統でもあるそうだ。
白井秀利社長で六代目となる白龍酒造。長い歴史の間には様々なピンチもあったという。
白井社長「ピンチとトラブルの間に、束の間の平穏があると言うのが実感ですね」
―――どんなピンチがあったのですか?
白井社長「最大のピンチは私の曾祖父、三代目の時ですね。日本が戦争に突入する中で、酒造業は企業整理の対象とされてしまいました」
戦時下で米や砂糖など様々な物資への管理が強まっていく。そのような時代、米を酒に変えてしまう酒造業は贅沢品として規制されたのだ。
白井社長「当社は新潟でもトップクラスの酒蔵だったので整理は免れていたのですが、曾祖父が県会議員議長を務めていた事情もあり、率先して廃業を決めてしまったのです。機械などもすべて軍に供出してしまいました。そして敗戦によって戦時国債などの資産も紙くずになり、すべてを失ってしまいました」
だが、戦後に意外な形で白龍酒造は息を吹き返す。
白井社長「また酒造りを出来るようになったとき、四代目となる私の祖父が酒造りの技術を持っていたので、近隣の酒蔵が協力し合って、また酒造りをはじめたのですね。最初は30石(一升瓶で約3000本)と少量でしたが、そこから盛り返して白龍酒造を復活させたのです」
―――今回の「アズールレーン」とのコラボレーションについては、どのようなご感想でしょう。
白井社長「最初にお話をいただいた時は、なぜゲーム企業が新潟県の酒蔵に? と半信半疑でした。それが当社の名前とブランドに由来することは、後から妻と息子から説明されました。キャラクターのお名前と一緒だったんですね」
意外にも、白龍酒造の社長夫人、白井由美子さんはゲーム愛好家であり、コラボレーションの話が持ち上がる前から「アズールレーン」を遊んでいた。
由美子さん「うちと同じ名前のキャラクターなので、コラボの狙いもすぐに分かりました。ゲームの白龍は、凜とした姿の格好良さと愛嬌が同居した素敵なキャラクターと聞いています。今、頑張って第4期計画艦を進めています」
建造にまでたどり着く喜びもひとしおのアズールレーンの「白龍」。その道のりは、白龍酒造の歴史とも見事にシンクロする。
白井社長「気持ちを緩めてのんびりとリラックスしたい時、適量の日本酒は最高のパートナーになってくれます。アズールレーンを遊びながら、白龍酒造の酒といっしょにまったりとした時間を過ごしていただければ、造り手としてこれ以上の喜びはありません」